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名古屋地方裁判所 昭和63年(ワ)312号 判決

原告

増田至

ほか一名

被告

村田猛

主文

一  被告は、原告ら各自に対し、金四一三万五六四一円及びこれに対する昭和六一年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は、原告ら各自に対し、金一六九四万〇三八六円及びこれに対する昭和六一年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

(1) 日時 昭和六一年一〇月二四日午前二時五〇分ころ

(2) 場所 名古屋市港区船見町一番地の六四先路上(以下「本件事故現場」という。)

(3) 加害車両 被告所有の普通乗用自動車(岐五九ひ三一二一)

(4) 右運転者 被告

(5) 事故態様 被告が車両を横滑りさせて、道路脇の植樹帯に乗り上げ、樹木に衝突させ、その結果、被告運転の車両に同乗していた増田崇至(以下「崇至」という。)を脳挫傷により即死させたもの

2  責任原因

被告は、加害車両を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により崇至の死亡に伴う後記損害を賠償する責任がある。

3  崇至の本件事故による死亡に伴う損害

原告らは、本件事故により次のとおりの損害を受けた。

(1) 崇至の死亡による逸失利益 金三六九五万八七七二円

崇至は、本件事故による死亡当時満一八歳であり、本件事故に遭遇しなければ、満一八歳から六七歳までの四九年間稼働可能であつたものであり、この間の得べかりし利益を本件事故により奪われたものである。

そこで、右逸失利益を算定すると、左記のとおりとなる。

〈1〉 崇至の死亡直近の三か月の平均月収金一四万六七五六円

〈2〉 崇至が死亡当時勤務していた会社の過去三年の平均賞与額金七六万一七八〇円

右は基準内賃金一二万二六七〇円の六・二一か月分(過去三年間の賞与支給実績平均)である。

〈3〉 中間利息の控除

中間利息控除につき新ホフマン方式にしたがう。

崇至の死亡時の年齢一八歳の新ホフマン係数は二四・四一六

〈4〉 生活費控除率 四〇パーセント

算定式

(146,756×12+761,780)×24.416×(1-0.4)=36,958,772

(2) 死亡慰謝料 金一八〇〇万円

(3) 葬祭費 金一一四万円

ただし、被告の家族から御仏前等により、その支払を既に受けているから損害としては計上しない。

(4) 既払額 金二四〇七万八〇〇〇円

自動車損害賠償責任保険より支払を受けた。

(5) 差引額 金三〇八八万〇七七二円

算定式

36,958,772+18,000,000-24,078,000=30,880,772

(6) 弁護士費用 金三〇〇万円

原告らは被告に対して前記のとおりの損害賠償請求権を有する。しかしながら被告は、任意保険に加入しておらず、示談についても不誠実な対応をし、原告らは昭和六二年九月二一日、名古屋簡易裁判所に民事交通事故調停の申立てをしたが、昭和六三年一月一八日不成立となつた。このように被告が、原告らの被告に対して有している損害賠償請求権について、その支払義務を争うため、原告らは本件訴訟の提起、訴訟の遂行を訴訟代理人に委任せざるをえなかつたものである。したがつて、相当な額の弁護士費用(右差引額の約一割相当額)は本件事故と相当因果関係のある損害として評価されるべきである。

(7) よつて、本件事故による崇至の死亡に伴う原告らの損害額の合計は、金三三八八万〇七七二円となる。

算定式

30,880,772+3,000,000=33,880,772

4  相続

原告らは崇至の両親であるところ、崇至の相続人は原告らのみであり、崇至の死亡により、同人の権利をその法定相続分に従い、その二分の一である一六九四万〇三八六円ずつ相続した。

算定式

33,880,772×1/2=16,940,386

5  よつて、原告らは被告に対して、それぞれ金一六九四万〇三八六円及びこれに対する本件事故日である昭和六一年一〇月二四日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

6  被告の主張(好意同乗による減額)について

被告は、事故時、飲酒酩酊しており崇至は右状態を十分に認識しながら同乗したと主張するが、飲酒の事実があつたとしても被告はかなり酒に強い方であり、また事故時は飲酒後約三時間経過していて、その間に被告は仮眠をとつており、警察は、被告が飲酒をしていた事実を全く把握しておらず、事故認知時には、被告の飲酒の事実がわからないような状況であつた。したがつて、本件事故は、被告の飲酒が主たる原因ではなく、本件事故現場が直進道路で、しかも事故発生時刻が何ら障害物のない深夜であつたことからすれば、本件事故の原因は、現場に残されたタイヤのすべり痕からわかるように、制限速度をはるかに超える猛スピードで暴走していた被告の居眠り運転であり、被告の過失は極めて重大である。しかも、本件は被告が東海市の寮に帰宅する際、崇至が便乗したものであつて、好意同乗理論でいうところの便乗型にあたる。そもそも、本件のように被告の過失が重大である場合には、好意同乗の理論を用いるのは妥当ではないが、仮にこれを用いるとしても本件のように被告の過失が重大で、かつ、便乗型の場合、慰謝料のみについてわずかな減額を認めるにとどむべきであり、被告が主張するように、全損害額の五割などという減額は到底認められるものではない。

二  請求の原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1(交通事故の発生)の事実のうち(1)ないし(4)の事実は認める。(5)のうち崇至が被告運転車両に同乗していたこと、被告運転車両が道路脇の樹木に衝突したこと、崇至が死亡したことの各事実は認めるが、その余の事実は知らない。

2  請求原因2(責任原因)については、具体的な損害額につき争う。

3  請求原因3(崇至の本件事故による死亡に伴う損害)の事実のうち、原告両名が葬祭費用として金一一四万円を受領していること、自動車損害賠償責任保険より金二四〇七万八〇〇〇円を受領していることの各事実は認め、その余は否認する。

仮に被告が本件交通事故による損害賠償責任を負担するとしても、崇至の被つた損害の費目及びその金額は以下のとおりである。

(1) 崇至の死亡による逸失利益 金二二九八万七六六四円

〈1〉 崇至は、本件事故当時一八歳の男性(最終学歴大垣工業高等学校卒業)であり、昭和六一年度賃金センサス第一巻第一表に基づく年収額一八八万三〇〇〇円が基準収入となる。

〈2〉 中間利息の控除については原告らの主張を認める。

〈3〉 生活費控除率 五〇パーセント

算定式

1,883,000×24.416×(1-0.5)=22,987,664

(2) 死亡慰謝料 金一三〇〇万円

(3) 葬祭費 金七〇万円

(4) (1)、(2)、(3)の合計額 金三六六八万七六六四円

(5) 好意同乗による減額

本件交通事故は、事故前夜より岐阜県大垣市内のスナツクで被告らと共に長時間にわたり飲酒酩酊した崇至が被告の被労と注意力の低下、加えて自動車運転の未熟なことを十二分に認識しながら、無謀にも、深夜、大垣市内から東海市内の自宅まで被告に自動車の運転を委ねて同乗し、その帰宅途中に、被告運転車両が道路脇の街路樹に衝突したものであり、崇至の損害は、好意同乗による減額を免れず、その割合は五〇パーセントを下ることはない。

よつて、本件事故による崇至の死亡に伴う損害額の合計は、金一八三四万三八三二円を超えるものではない。

算定式

36,687,664×(1-0.5)=18,343,832

4  請求原因4(相続)の事実は認める。

5  請求原因5の主張はいずれも争う。

6  既払金 金二五二一万八〇〇〇円

葬祭費用名下の金一一四万円及び自動車損害賠償責任保険からの支払金二四〇七万八〇〇〇円合計二五二一万八〇〇〇円

7  よつて、既払金により、本件交通事故による原告両名の損害は全額填補済みである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(交通事故の発生)のうち、事故発生の日時、場所、加害車両、同運転者及び被告運転車両が道路脇の樹木に衝突したこと、崇至が本件事故当時被告運転車両に同乗していたこと、崇至が死亡したことの各事実については当事者間に争いはなく、成立に争いのない甲第六号証によると、被告運転車両が第三車線から横滑りして道路東側ガードパイプに衝突した上、更に右のように樹木に衝突している事実が認められ、また、弁論の全趣旨より成立の認められる甲第五号証及び右甲第六号証によると、崇至は本件事故により鼻骨骨折を原因とする頭蓋骨骨折、脳挫傷によつて、数分内に死亡したものであることが認められる。

二  請求原因2(責任原因)については、被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

三  請求原因3(崇至の本件事故による死亡に伴う損害)

1  崇至の死亡による逸失利益について

(一)  逸失利益算定の基礎となる収入について

死亡による逸失利益の算定にあたつては給与所得者の場合、算定の基礎となる収入金額については、一般的な賃金センサスの数値ではなく、事故前の現実の収入額を基礎として算定するのが合理的であるところ、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第三号証の一ないし三、第四号証によれば、崇至の事故前の現実の収入額については、原告主張の額をとり年収二五二万二八五二円とするのが相当である。

(二)  生活費控除の割合について

成立に争いのない甲第一号証及び弁論の全趣旨によると崇至は本件事故当時年齢一八歳の独身者であつたことが認められるから生活費の控除割合は収入額の五〇パーセントとするのが相当である。

(三)  以上より、崇至の死亡による逸失利益を新ホフマン係数により算定すると金三〇七九万八九七七円となる。

算定式

(146,756×12+761,780)×24.416×(1-0.5)=30,798,977

2  死亡慰謝料について

崇至の年齢、前掲甲第一号証に明らかな家族関係などを参酌すると、死亡慰謝料については一五〇〇万円が相当であると認められる。

3  葬祭費について

原告らが被告側から葬祭費用として金一一四万円を受領している事実については当事者間に争いがない。しかるところ、原告らがこれを全額葬祭費として認めるべきであるとするのに対し、被告は葬祭費としては金七〇万円が相当であり、これとの差額四四万円については、葬祭費以外の項目の損害の賠償に当てられた既払金として評価すべきであるとしているのでこの点について考えるに、損害賠償訴訟においては、可能なかぎり合理的に客観的に妥当と認められる損害額を算出して、当事者間の実質的公平を図るべきであるから、本件事故と相当因果関係のある葬祭費として相当な額を超える部分については、葬祭費以外の項目の損害の賠償に当てられたものと評価するのが相当であり、弁論の全趣旨によれば本件事故と相当因果関係のある葬祭費としては九〇万円が相当であると認められ、したがつて、これとの差額二四万円については葬祭費以外の項目の損害の賠償に当てられたものと評価するのが相当である。

4  好意同乗による減額について

成立に争いのない甲第七号証、第八号証及び乙第一号証を総合すると、崇至は本件事故発生日の前日である昭和六一年一〇月二三日の午後九時過ぎころから岐阜県大垣市内のスナツクで、高校の同級生であつた被告及び内藤逸平の二人と一緒に飲酒し、被告はウイスキーの水割りを数杯飲んだこと、三人は同スナツクを翌日の午前零時過ぎころ出て、被告運転の車でまず内藤の自宅に向かつたが、被告はギアを入れ間違えたり、運転自体ふらつき気味であつたこと、内藤の自宅付近の駐車場に停めた車の中で、三人は三〇~四〇分程度雑談を交わしたが、その間被告はハンドルに両手を回してほとんど眠りこける状態であつたこと及び内藤が自宅に帰つた後、被告と崇至は右駐車場の車中において短時間仮眠を取つた上同所を出発したことが認められる。しかして、被告の右状況からすれば、右程度の仮眠をしただけで、その後の適切な運転を期待するなどとてもできない状況にあつたものと推認することができ、また、本件事故現場に残された被告運転車両のタイヤのすべり痕など前掲甲第六号証に明らかな事故現場の客観的状況に照らすと、被告は事故当時かなり高速で走行していたばかりでなく居眠り運転をしていたものと推認することができるから、本件事故発生についての被告の過失は運転者としての基本的な注意義務に反する極めて重大なものであるといわなければならない。しかしながら、右にみた事故発生までの経緯からすれば、崇至は被告がこのような状態にあることを認識し得る立場にあり、被告が危険な運転をすることを十分に予見できたものと認め得るから、それにもかかわらず、あえて被告運転の車に同乗した崇至の落度も大きいものがあるといわなければならず、崇至の被つた損害の具体的金額を算出するについては単なる便乗である場合に比して厳しい減額がなされるべきであり、本件においては、全損害額から三〇パーセントを減額するのが相当であると認められる。

5  以上より崇至の本件事故による死亡に伴う損害額を算出すると金三二六八万九二八三円となる。

算定式

(30,798,977+15,000,000+900,000)×(1-0.3)=32,689,283

6  既払金

原告らが自動車損害賠償責任保険より金二四〇七万八〇〇〇円を受領していること及び被告側から葬祭費用名下に金一一四万円を受領していることについては当事者間に争いはない(ただし、葬祭費の取り扱いについては既述のとおり)。

7  損害残額

以上によれば、原告らの被つた損害の残額は金七四七万一二八三円となる。

算定式

32,689,283-(24,078,000+1,140,000)=7,471,283

8  弁護士費用

原告らはそれぞれ被告に対して、本件事故に関して損害賠償請求権を有するところ被告がその支払義務を争うため、本件訴訟の提起、遂行を訴訟代理人に委任し、その費用を支出することを余儀なくされたことは弁論の全趣旨より明らかであるところ、右のうち被告が負担すべき額は、訴訟の難易、審理経過、認容額等に照らし、本件においては金八〇万円が相当であると認められる。

四  よつて、原告らが本件事故による崇至の死亡に関して被告に対して有する損害額の合計は八二七万一二八三円となる。

五  請求原因4(相続)については当事者間に争いはない。

六  結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、被告に対し、各自金四一三万五六四一円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和六一年一〇月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条及び九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上野精)

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